獅子に戯れる兎のように
 結局その日、望月への誕生日プレゼントは購入しなかった。

 それでも留空は「プレゼントはネクタイにするね」と、満たされた笑みを私に向けた。

 銀座で留空と別れ、汐留の寮に戻る。部屋に戻ると時刻はすでに午後十時を過ぎていた。

 ベッドに腰を降ろすと、壁がコンコンと音を鳴らした。

 何かがぶつかったのかな?

 気にも留めず、テレビのスイッチを入れる。

 再びコンコンと壁が音を鳴らした。『雨宮さん、今日は月が綺麗ですよ』

「えっ?」

 微かではあるが、確かにそう聞こえた。

 バルコニーに続く窓に視線を向ける。カーテンを開け窓を開けると、綺麗な月が見えた。

「ね、綺麗でしょう」

 姿は見えないけど、日向の声がバルコニーで聞こえた。

「……そうですね」

「月を見ながら、缶ビール飲んでます。一人で飲むのは寂しいから、雨宮さんも付き合ってくれませんか?」

「……えっ?」

 バルコニーから缶ビールを掴んだ手がスッと伸びる。

 躊躇していると、『早く』と言わんばかりに缶ビールを振る。

「やだ、振らないで」

 思わず手を伸ばし、缶ビールを掴んだ。日向のゴツゴツとした指が触れ、鼓動がトクンと跳ねた。

「……いただきます」

 缶ビールの栓を開けると、プシューッと泡が吹き出し顔を濡らす。

「きゃっ、酷い。わざと振ったの?」

「直ぐに受け取ってくれないからですよ。雨宮さん俺のこと避けてるでしょう」

「……それは」

 バルコニー越し、日向の顔は見えない。見えるのは綺麗な月。

「冷たいビールを飲んでると、美味《うま》い焼き鳥が食べたくなる。俺の親父料理人だったんです」
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