獅子に戯れる兎のように
「違うわ……」

「なぁ、先生、俺のやり方が正解か不正解か教えてよ」

 彼は私の手首を掴み、ニヤリと口角を引き上げた。

 恐怖から声が喉に張り付き出てこない。

「……ぃゃっ」

 やっとの思いで声を絞り出し、首を左右に振り彼の唇を避ける。

 まだ少年であるけれど、男の力は大人の私よりも勝る。

 強く握られた手首はジンジンと痛み、悔しさから涙が滲んだ。

 溢れる涙に……
 彼の力が一瞬緩んだ。

 彼をはね除け部屋を飛び出した私は、居酒屋の大将や女将さんと目を合わせることも出来ないくらい動揺していた。

「先生?どうかされましたか?先生?」

「……失礼します」

 店の外に出ると、雨は止みどんよりとした曇り空が広がっていた。電線や屋根からポタポタと雨粒が落ちる。

 雨水で濡れたアスファルトをとぼとぼと歩く。

 ブラウスのボタンがひとつなくなっていることに気付き、慌ててカーディガンの前を止めた。

 車道に溜まった雨水を、車が跳ね飛ばす。勢いよく飛ばされた雨水が、私の洋服を濡らした。

「男なんて……みんな嫌いだよ」

 デリカシーの欠片もない。
 女性は性の対象でしかない。

 歪んだ水溜まりに、大学一年の時に交際していた霧原小暮《きりはらこぐれ》の顔と彼の顔が重なり、自己嫌悪に陥る。

 思い出したくもない。
 苦い……恋……。
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