獅子に戯れる兎のように
 休暇中の溜まった仕事を消化するため残業をしていると、木崎からLINEが入る。

【品川駅前のカフェ、FURANJEで午後八時半、お待ちしています。】

【わかりました。】

 時計を見ると午後七時半、日向もまだデスクで仕事をしている。

 山川は早出だったため、すでに定時退社し庶務課は課長と私だけ。

「雨宮さんもそろそろ帰りなさい」

「はい」

 課長から声を掛けられ、デスクの上を片付け、まだ仕事をしている社員に挨拶をし、女子ロッカールームに向かった。

 背後から、私を追う足音がした。

「雨宮さん、少し時間をいただけませんか?何か誤解されているみたいなので」

「誤解?ごめんなさい。もう日向さんとお話しすることはありません。私、彼と約束があるの。失礼します」

 立ち竦む日向を残し、私はロッカールームに入る。

 ロッカールームに入ると、偶然居合わせた陽乃がメイクを直していた。

「柚葉、職場でストーカーされてるの?私が彼に忠告しようか?」

「陽乃……」

「吉倉さんから聞いてるわ。寮でもストーカー行為されてるんだってね。吉倉さんは彼が好きだから、ハッキリしない柚葉が悪いと吹聴してるけど。本当はどうなのよ?」

「ストーカーはされてない。学生の時に知り合いだっただけ。そのことに最近気付いたんだ」

「ははん、学生時代に何かあったんだ。ていうか年下だよね?接点ないじゃない」

「私、大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていたの。彼は生徒というか……。家庭教師の授業はしてないけど、ご両親に依頼されて二度訪問したんだ。だから面識があるの」

「成る程。高校生と大学生、しかも家庭教師と生徒。年上の家庭教師と何かあれば、男子は忘れられないわね」

「だから、何もないんだってば」

 必死で否定する私。
 陽乃の推測を肯定しているようなもの。
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