獅子に戯れる兎のように
「それを断ち切るために、木崎さんとの交際に踏み切ったんだ」

「どうしてそれを……!?」

「木崎さんが南原さんに話したの。よほど嬉しかったみたいね。南原さんから私に電話があったの。望月さんと留空もイイカンジになっているみたいだし、二人もうまくいくといいねって」

 みんなには内緒でこっそり付き合うつもりだったけど、そうはいかないみたいだな。

「私は慎重にお付き合いするつもりだから。留空みたいに早急に結論なんて出さないよ。でも前向きに考えてみるつもりだから」

「すごい、柚葉が結婚を前向きに考えるなんてどうしたの?私は木崎派だから嬉しいけど、《《彼》》への当て付けならよしなさい。木崎さんが可哀想だからね」

 日向への当て付けだなんて……。

 そんなつもりは……。

 陽乃の言葉に反論出来ない自分がいる。女子ロッカールームに日向はいないのに、日向の視線が目に焼き付いて離れない。

 ―品川駅前、カフェFURANJE―

 カフェに入ると、木崎はカウンターでマスターと親しげに話をしていた。

「いらっしゃいませ」

「雨宮さん、こんばんは」

「こんばんは。お待たせしてすみません」

 マスターが木崎に視線を向ける。

「この女性が木崎先生のハートを射止めた女性ですか。木崎先生も隅におけませんね。美しいお嬢さんだ。さぁこちらへ。何になさいますか?」

「私は、モカでお願いします」

「はい、畏まりました」

 豆を引く音と、いい香りが鼻を擽る。

「仕事でお疲れのところ、品川までわざわざすみません」

「いえ……」

 ふと、陽乃の言葉が頭を過る。『彼への当てつけなら、木崎さんが可哀想』

 当てつけなんかじゃない。
 真剣にお付き合いすると決めた。両親みたいにお見合いから始まる恋だってある。

 FURANJEで美味しい珈琲をご馳走になり、店を出て木崎は歩き始めた。

 何処に向かっているのかわからないまま、木崎の歩調に合わせる。

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