獅子に戯れる兎のように
 珈琲を入れテーブルに戻ると、陽乃が私に視線を向けた。

 留空のことを悟られないようにと、思わず陽乃から視線を逸らす。

「留空、妊娠してるんでしょう」

 陽乃の言葉に動揺し、思わず珈琲を口に含む。

「……熱っ」

「柚葉はわかりやすいな。大丈夫だよ、美空には言わないから」

「留空の妊娠なんて、し、知らないよ。聞いてないし」

「そうなの?私も経験あるからわかるの。私はさ、産んであげることは出来なかったけど」

 陽乃にそんな経験が……?
 初めて……聞いた……。

「大学生の頃、流産したの。でも体より心に深い傷を負った。留空の性格なら、一生後悔するよ」

「陽乃……」

「お節介な柚葉は、留空をほっとけないんでしょう」

 陽乃は携帯電話を取り出し、《《何か》》を探している。何かを見つけると、私の目の前に携帯電話をスッと差し出した。

「望月さんのケータイの番号。自分のケータイに早く登録しなさい」

「陽乃……」

「留空に口止めされてるんでしょう。私が電話するわけにいかないじゃない。留空の妊娠を知っているのは、柚葉だけ。産むか産まないかは、望月さんと留空が決めること。留空だけが決めていいことじゃない。柚葉もそう思ってるんでしょう」

「陽乃ありがとう。私も望月さんに話すべきだと思ってる。今夜電話してみるよ」

 私は制服のポケットから携帯電話を取り出し、望月の電話番号を登録した。

「じゃあね、私は仕事に戻るから」

 陽乃は珈琲カップを手に、椅子から立ち上がる。

 陽乃は男女の関係には、とてもシビアだと思っていたけど、友達思いの優しいところもある。

 美空も留空も、そして私も、性格の異なる四人が、いつもこうして一緒にいるのは、互いを認め合っているから……。
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