獅子に戯れる兎のように
 ―花菜菱デパート、社員食堂―

「まさかねぇ。留空が結婚するなんて。陽乃が一番だと思ってたけど、わからないものね」

 妊娠を事前に知らなかった美空は、驚きを隠せない。

「あら、私は柚葉が一番だと思ってたわよ。美空は一番遅いと思ってる。ていうか、美空はキャリア目指してるんだよね。一生独身かも」

 陽乃が珈琲を口に含みながら、意地悪な目線を美空に送った。

「はいはい、好きなように言って下さい。陽乃は男を選び過ぎるから、案外行き遅れるかもよ」

「私は一瞬で燃え上がるような恋はしないの。一瞬で冷めてしまうからね」

「それ、留空のこと?」

「違うわ。留空と望月さんには赤ちゃんがいる。留空は地味だけど、芯は強い子だから、きっといい奥さんになるわ。次は柚葉だよね、木崎さんとどうなのよ?キスくらいしたの?」

 陽乃の言葉に、口に含んだ珈琲を思わず吹き出しそうになる。

「陽乃……。ここは社員食堂、カフェじゃないの」

「わかってるから、小声で聞いてるんでしょう」

「私達は何もないよ」

「南原さんから、木崎さんが柚葉を自分のクリニックに案内したって聞いたわよ」

 本当に情報が早いな。
 木崎は南原に何でも話しちゃうんだ。

 親友とはいえ、その話が陽乃経由で私に戻ってくること知ってるのかな。

「私のことより、陽乃こそ南原さんとはどうなのよ」

「南原さんはお友達だよ。向こうもそうじゃないの?南原さんと結婚なんて考えたことはないもの」

「それ、セフレってこと?」

 美空は思ったことを、ズバッと言葉にする。

「美空、ここは社員食堂だよ。ショットバーじゃないの。まるで酔っ払いだね。私はそこまで安売りはしてません」

 陽乃のセリフに、美空はしてやったりと言わんばかりにニヤニヤと笑った。
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