獅子に戯れる兎のように

 普段口には出さないけど、高校を卒業したら店を継ぐのも悪くないと思っている。

 だから家庭教師なんて不要。借金があるのに無駄金を使うなっつーの。

 それでもお袋は諦めない。
 今までは男の家庭教師だった。拳を振りかざし脅せばその日で終了。女の家庭教師をボコボコにするわけにはいかず、そうなるとすることはひとつ。

 セクハラで危機感を与えれば、もう二度とここには来ないはず。

 この家庭教師は不良の喧嘩も傍観するタイプだ。何をしても声を発することなんて出来ない。ベッドに押し倒せば、直ぐさま尻尾を巻いて逃げ出すだろう。

 だけど……
 ちょっとやり過ぎたかな。

 怯えた目には涙が滲み、体はガクガクと震えている。

 俺が本気で家庭教師を襲うと思ってんの?俺は本能だけで動く野獣じゃないよ。

 女の涙は苦手だ。俺の脅しはここまで。
 掴んでいた手を緩め、彼女の体を解放した。

 彼女はベッドから飛び降り、バッグを掴むと部屋を飛び出した。

 俺はベッドに横たわったまま『バイバイ』と右手を振る。

「二度と来るんじゃねぇぞ。今度来たら止めねぇかんな」

 バタンと勢いよく閉まるドア。そんなに強く閉めなくても追い掛けたりしなねーよ。

 彼女はバタバタと転げ落ちるように、階段を駆け降りる。

 これでもう二度と逢うことはないだろう。

 悪く思うなよ。

 でも、彼女が警察に訴えたら俺は即退学どころか、婦女暴行未遂で即逮捕だな。

 ベッドに寝転がり天井を見上げた。彼女の泣き顔が……目に焼き付いて離れない。

 男の家庭教師を脅しても罪悪感なんて感じないのに、罪悪感に苛まれている。
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