獅子に戯れる兎のように
――翌朝、寮の食堂に行くと彼女の姿はなかった。
「おばちゃん、おはよう。雨宮さんは?」
「日向さんおはよう。雨宮さんは今朝は朝食いらないって。仕事が忙しいみたいで、もう出勤したみたいよ」
「そうですか……」
俺を避けるために、朝食を抜くなんて……。
「日向さんおはようございます。昨日、あれからどうしたの?急に帰っちゃうから驚いた。雨宮さんも随分遅かったみたいだけど、一緒だったの?」
「吉倉さんおはよう。昨日はごめん。雨宮さんと一緒じゃないよ」
「そう……。一緒に座っていい?同期会の話があるの」
「いいよ」
俺達は窓際の席で一緒に朝食を取る。
「昨日、胡蝶蘭に料金確認したけど、やっぱりホテルは高いよ。それにワイワイ騒いで飲む雰囲気じゃなかったし、もう少し金額も雰囲気も庶民的なお店にしない?」
「そうだね」
「あんな高級店で食事をするなんて、雨宮さんの恋人って、セレブなんですね」
「……みたいだね」
「想像していたよりダンディーで驚きました。企画部商品開発課の本平さんが、デキ婚するって知ってますか。お相手は医師らしいですよ。地味でおとなしそうな人なのに妊娠だなんて、人は見掛けによりませんね。雨宮さんもあの男性とオトナの関係なのかな。あのままホテルにチェックインとか」
吉倉の話に、俺は苛立ちを隠せない。思わずテーブルにコーヒーカップをガチャンと置く。
「誰が誰と付き合っても、他人には関係ないだろう。互いが真剣に愛し合い、その結果妊娠した。それがそんなにスキャンダラスなことかな」
「日向さん……?」
「俺は他人のことを面白がって吹聴するような人は、信用出来ない。ごめん、先に失礼する。同期会の会場はまた探してみるから」
困惑している吉倉を残し、俺は席を立つ。背後で吉倉の声がした。
「日向さん、私、本当は知ってるのよ」
吉倉の言葉に、食堂にいた者達の視線が集まる。
「昨日、ホテルのラウンジで雨宮さんと一緒だったでしょう。そのあと二人でタクシーに乗った。行き先はどこだったのかな。恋人がいるのに日向さんに着いて行くなんて、真面目な雨宮さんでも、平気で二股するんですね」
「俺達のこと……ずっと見ていたのか?」
「見てたわ。あんな屈辱ははじめてよ。胡蝶蘭であなたは私を残し、雨宮さんを追った。そして恋人と一緒にいた雨宮さんを奪った」
俺は拳を握り締める。
「もし吉倉さんが男なら、俺はこの場で殴っていた。俺達のことは、吉倉さんには関係のないこと。一切拘わらないで欲しい」
「酷い。私は日向さんのことが……」
吉倉は涙ぐむ。俺は食堂に吉倉を残し、寮を飛び出した。
俺の軽率な行動が、雨宮さんを不利な立場に追い込むのなら、全責任は自分が負う。