獅子に戯れる兎のように
【陽side】

 彼女が会議室を退室し、俺は自分の不甲斐なさを恥じる。上手く自分の気持ちが話せず、職場で強引に唇を奪うなんて最低だ。

 拳で壁を叩き、項垂れていた時、ドアが開く音がした。

「雨宮さん……」

 振り向くと、そこには同期の山川が立っていた。

「そんなにがっかりした顔をしないで。私じゃなかったら、どうするの?同じ職場での社内恋愛は禁止なのよ。そんなことも知らないの?」

「雨宮さんと俺はそんなんじゃないよ」

「そうかな。雨宮さんの口紅取れてたけど」

 山川はポケットから白いハンカチを取り出し、不意に俺の唇に押しあてる。

「やめてくれ、何のつもりだよ」

「これが証拠。うっすらだけど、口紅がついてる」

 山川からハンカチを奪おうとするものの、山川はそれをスカートのポケットに収めた。

「ちはやの吹聴していることは、本当だったみたいね」

 ちはや……?
 秘書課の吉倉ちはや……か。

「私ね、大阪に異動になった虹原さんと付き合ってるの。まだ社内秘だけど秋には結婚する予定なんだ。だから日向さんと雨宮さんのことはあまり言えないけど、同じ部署での恋愛沙汰は左遷されちゃうから、気をつけてね」

「それはどうも」

 同期に説教され、投げやりに言葉を返す。

「雨宮さんって、地味だけと意外と男性遍歴があるのね。医師の恋人がいながら、日向さんとオフィスラブだなんて。人は見掛けによらないわね」

「そんなんじゃないよ。勝手な憶測で噂を広めないで欲しい」

「私はちはやとは違うわ。雨宮さんの敵でもないし、日向さんのこと異性として意識してないもの。ちはやはああ見えて、日向さんに本気で恋してたのよ」

「彼女を傷付けたつもりはない」

「ちはやが勝手に、あなたに恋をしてたと?安易に同期会の幹事を引き受けたりするから、勘違いさせちゃうのよ」
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