獅子に戯れる兎のように
「それは……。あくまでも同期の一人として接したまでで……」

「私は雨宮さんが誰と付き合おうが関係ないけど、最近、やたらと虹原さんが気にするのよね。もしかして二人は付き合っていたのかな」

「まさか。例えそうだったとしても、俺には関係のないこと」

「だよね。私も虹原さんの過去は気にしない。現在進行形なら困るけど」

 現在進行形……?

 ドアが開き、総務部経理課の部長と課長、社員が入室する。

「山川さん、珈琲頼めるかな」

「はい、わかりました」

 山川は一礼し会議室を出る。
 俺は用意していた会議資料を配布する。

 彼女の過去は気にしていないと言ったものの、本当はすごく気になる。

 今までは気にならなかったのに、彼女との一夜が俺を嫉妬に駆り立てた。

 ――仕事を終え、寮に戻った俺は、彼女の部屋の灯りを確認するが、部屋に電気は点いていなかった。あの夜から、彼女は寮で食事もしなくなった。

 全て、俺のせいだ。

 一夜をともにしても、俺の想いが彼女に通じていなかったことに、落胆は隠せない。

 俺の一方的な想いは、彼女には重いのかな。

 これ以上、彼女の生活を乱してはいけない。

 そう自分に言い聞かせ、寮の食堂に向かった。

「日向さん、お帰りなさい」

「おばちゃん、ただいま」

「元気ないね?体調悪いの?今日はチーズ入りチキンカツだけど、違うメニュー作ろうか?」

「いえ、それでいいです」

 カウンターで夕食を受け取り、振り向くとそこには……。
< 163 / 216 >

この作品をシェア

pagetop