獅子に戯れる兎のように
 通路に人影が見え、日向は掴んでいた手を離す。

 コツコツとハイヒールの靴音が近付く。

 日向とすれ違いざまに姿を見せたのは、陽乃だった。

「あら、日向さん。奇遇ね」

「花柳さんもご一緒でしたか。花菜菱デパートの同期会なんです」

「そういえば、吉倉さんもそんなこと言ってたわね。今日だったんだ」

「はい。失礼します」

 日向は陽乃に頭を下げ、テーブル席に戻る。

 陽乃がポンッと肩を叩き、小さな声で耳打ちする。甘い香水が鼻を擽る。

「遅いと思ったら、そういうことだったのね」

「やだ、陽乃。勘違いしないで。私は日向さんが同期会で来店してるなんて知らなかったし、偶然逢ったのよ」

「ふーん。そういうことにしておいてあげるわ。でも、ワケありな雰囲気だったけどね」

 陽乃はクスクス笑いながら、化粧室に入る。

 通路を出て店内を見渡すと、窓際の席に座り吉倉と仲良く談笑している日向の姿が見えた。

――『待ってます。同期会のあと、新宿駅前のカフェ、diaryで……』

 日向の声が鼓膜に甦る。

――『雨宮さんが来てくれるまで、ずっと……待ってます』

 行かないと決めているのに。

 トクトクと鼓動は鳴り止まない。

 ◇

「本日はご多用中のところ、私達のためにこのような会を開いて下さりありがとうございました。これからは留空と一緒に温かな家庭を築いていきたいと思います。挙式披露宴は留空が安定期に入ってからと考えています。是非皆様も出席して下さいね」

 望月の挨拶で食事会はお開きとなる。二人に心ばかりの祝いの品をみんなで渡した。
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