獅子に戯れる兎のように
「……っ、向こうが勝手にペラペラ喋ったのよ。それより柚葉こそどうなの。二次会に行かなくて良かったの?木崎さんはまだ柚葉にぞっこんみたいだし、柚葉も木崎さんとイイカンジだったし、まだこっそり付き合ってたりして」

 美空は私をからかうように、ニヤついている。

「バカなこと言わないで。私と木崎さんはもう恋愛感情はないから」

 もともと、私と木崎の間に男女の関係なんてない。結婚という契約に、互いの心が揺れただけ。

「柚葉は玉の輿を逃したわけだ。今日はこのまま帰るの?親との同居、窮屈じゃない?」

「ちょっとね。でも帰る」

 美空と駅のホームで別れ、緑ヶ丘に帰るつもりだった。

 でも……
 ホームに列車が到着しても、乗ることが出来なかった。

 ――きっと……

 これも、酔っているせいだ……。

 ――『待ってます。同期会のあと、新宿駅前のカフェ、diaryで……』

『日向さん……。私は行かないわ』

『雨宮さんが来てくれるまで、ずっと……待ってます』

 ◇

 トンッと目の前に水の入ったグラスが置かれた。

「いらっしゃいませ。お客様ご注文はもうお決まりですか?」

 珈琲の香りが店内に漂う。
 ここは新宿駅前のカフェ、diary。でも店内に日向の姿はない。

 どうして私はここにいるのだろう。

 どうして私はここに来てしまったのだろう。

 日向はいない。
 からかわれただけなんだ。

「ごめんなさい。急用を思い出しました。失礼します」

「……えっ?……またのご来店をお待ちしております」

 ポカンとしている若い店員を残し、バッグを掴み立ち上がる。
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