獅子に戯れる兎のように
 店の自動ドアが開き、目の前に……日向が立っていた。

 こんな場所にのこのこと来た自分が恥ずかしくなり、店を飛び出す。

「雨宮さん!待って下さい!」

 夜の街にパラパラと小雨が降り始める。街灯に照らされた雨粒が光って見えた。

 ビルとビルの谷間。
 狭い路地に逃げ込み、日向が通り過ぎるのを見届け、路地から反対側の歩道に向かう。

「……ばかだね、私」

 どうせ明日、職場で日向と逢うのに。

 どんな顔をして逢えばいいの。

 あと数歩で反対側の歩道にたどり着く。
 そう思った時、背後から抱きすくめられた。

「来てくれたんですね……。遅くなってすみません。でも……お願いだから、もう逃げないで」

「……日向さん」

「俺は雨宮さんが好きです」

 年下の男性に抱きすくめられ、耳元で『好き』と言われ、胸に熱いものがこみ上げる。

「酔っている時に、そんなことを言うなんて狡い……」

 日向は私の顎に左手をかけ、横を向かせ唇を奪った。

 心に火が灯り、体が熱を帯びる。

 日向は唇を離すと、私の手を掴み歩き出す。

 ――このまま抱かれてもいい……。

 付き合う気持ちなんてないくせに、ただ漠然とそう思った。

 日向はタクシーを止め、私と一緒に乗り込む。

「お客様、どちらまで行きましょうか?」

「雨宮さん、ご実家のマンションは確か緑ヶ丘でしたよね?運転手さん、緑ヶ丘まで」

「はい。畏まりました」

 行き先はホテルではなく、私の自宅?
 
 日向の行動に、驚きを隠せない。
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