獅子に戯れる兎のように
 タクシーが緑ヶ丘に着くまで、日向はずっと私の手を握っていた。

 火照った体は、熱が冷めることなく燻っている。

 家族の住むマンションにタクシーは到着し、日向を後部座席に残して降りる。

「……日向さん、これタクシー代です」

 お金を差し出すと、日向は困ったように笑った。

「タクシー代くらい、俺に払わせて下さい」

 日向はその場で運転手に支払いを済ませる。

 えっ……?

 どういう意味?

 日向はタクシーから降りると、戸惑っている私の手を掴んだ。

「雨宮さん、いきましょう」

「……えっ?えっ?行くって?」

「ご自宅に案内して下さい」

「案内するって、どういう意味?」

「ご両親に、ご挨拶します」

 日向は真剣な顔で私を見つめた。

「あ、挨拶だなんて困るわ。こんな時間に突然……。お願いだから帰って下さい」

「柚葉?どうしたんだ?君、柚葉から手を離しなさい!」

 背後から、突然怒鳴り声がした。
 声を上げたのは、父だった。

 日向と揉めていると勘違いした父は、日向から私を引き離す。

「お父さん……。違うの。勘違いしないで」

「違うって、どう違うんだ。お前は嫌がっていただろう。こいつは誰だ!」

 日向は怒鳴っているのが私の父だと気付き、慌てて頭を下げた。

「はじめまして。花菜菱デパート、本社勤務の日向陽と申します」

「君は……柚葉と同じ会社なのか?」

「お父さん。日向さんは私を送って下さったの。私……少し飲み過ぎてふらついていたから」

「なんだ、そうだったのか。勘違いして申し訳ない。てっきり不審者に絡まれていると思った」

「不審者?お父さん、失礼だよ。ごめんなさい日向さん。今夜はもう……」

「いえ、お父さんにお話があります」

 日向は私の言葉を無視し、再び父に頭を下げた。

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