獅子に戯れる兎のように
「この私に、話とは?」

 父は怪訝そうに、頭を下げている日向を見下ろす。

「お父さん、今夜は無理だよね。日向さんごめんなさい。もう帰って下さい」

「いや、せっかく送って下さったんだ。お茶も差し上げず、追い返すわけにはいかないだろう。どうぞ家にいらして下さい」

「えっ……?お父さんちょっと待って。お母さんも花織もいるのよ。こんな時間に……困るわ」

「柚葉、彼が家に来ては困るのか?父さんも母さんも困りはしないよ。さぁ、どうぞ」

 父は私と日向にエレベーターに乗り込むように促した。

「……日向さん、お願い。帰って」

「雨宮さん、すみません」

 日向は私に頭を下げ、エレベーターに乗り込んだ。

 日向の考えていることが、全く理解出来ない。

 エレベーターの中に、不穏な空気が漂う。

 四階で降り、玄関のチャイムを鳴らすと、母が出迎えてくれた。

「お帰りなさい。父さんと柚葉一緒だったのね。あらお客様?丸福信用金庫の方ですか?主人がいつもお世話になっております。あなた、職場の方をお連れするなら、事前に教えて下さらないと。今、お酒の用意をしますね」

 早とちりの母は、日向を父の勤務先の部下だと勘違いしたようだ。

「夜分に申し訳ありません。どうぞお気遣いなく。花菜菱デパートの日向陽と申します。今夜はご両親にお話があって参りました」

「えっ?花菜菱……デパート?柚葉の勤務先の方ですか?これは大変失礼致しました。柚葉、事前に連絡してくれないと。さぁ、どうぞ、御上がり下さい」

「はい。お邪魔します」

 あーあ……。
 
 日向は、一体何を考えてるの。
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