獅子に戯れる兎のように
【陽side】

 ――『……日向さんと交際するつもりです。でも結婚前提とか思わないで欲しい。日向さんは私より四歳も年下だし、結婚とか考えられないから』

 突然実家を訪ね、ご両親に交際を申し込んだ俺。

 彼女は戸惑いながらも、毅然とご両親にそう答えた。

 俺と付き合うなんてその場しのぎ、彼女の嘘だということはすぐにわかった。

 それでも……
 俺は嬉しかった。

 エレベーターの中で、彼女を抱き締める。彼女のぬくもりに触れたかったから。

 両親を亡くした俺には、家族なんていない。

 彼女を心配し、彼女を心から愛しているご両親。温かな家庭が羨ましくも感じた。

 俺は辛い過去を忘れたくて、両親の墓参りすら行っていない親不孝者だ。

 俺が大学を卒業し、就職したことも両親には報告していない。

 両親の墓前に行くと、気力だけで生きてきた自分が、あの頃の無力な自分に引き戻されそうで怖いから。

 十八歳の俺は、お袋も親父も救うことが出来なかった。寧ろ、お袋が亡くなったのは、親父のせいだと思っていたんだ。

 親父は現実逃避するかのように、自己破産後は仕事もせず酒に溺れ、自分だけ現実から逃げた。そんな親父を憎み、俺は軽蔑した。

 両親が亡くなったあと……
 やっとわかったんだ。

 両親の存在がどんなに大きなものだったのか……。

 親父を助けることも、お袋を助けることも出来なかったくせに、世間を恨み、両親を恨み、俺は生きてきた。

 ――自分の罪から……目を逸らし……
 弱い自分を認めたくなかった。

 だから……
『次のお休みにご両親のお墓参りに行きませんか?』そう言ってくれた彼女の言葉に、俺は過去から逃げていた弱い自分に気付く。

 俺の手を握る彼女。
 そのぬくもりに、過去と向き合う勇気をもらった。

「両親の墓は埼玉の霊園にあります」

 彼女は俺に優しく微笑み頷いた。
< 188 / 216 >

この作品をシェア

pagetop