獅子に戯れる兎のように
「やだ。返して」

 陽乃は付箋を頭上に上げ、メッセージを声に出して読む。

「これがリセットの理由?『俺は地味婚がいいな』なーんて、いつの間に彼とそんなに進展したの?」

「彼って……。勝手に想像しないで」

「私はまだ何も言ってないわよ。この会社には男子社員はたくさんいるし、庶務課は各課との関係も密だから、相手が年下彼氏とは限らないけど。こんな初歩的なオフィスラブをするなんて、まだ若輩者でしょう」

「……っ」

 陽乃には全てお見通し。
 誤魔化すすべもない。

「返して」

「はいはい。私だからよかったようなものの、気をつけなさいよ。証拠物件はすぐに消去しなさい。トイレに流しちゃうとかさ」

 そんなこと……
 出来ないよ。

 陽乃は困り顔の私に視線を向け、クスリと笑う。

「柚葉は正直ね。セレブな木崎さんの求婚を断ってまでも選んだ相手であるなら、今度は手放さないことね」

「……陽乃」

「年下君だと、ゴールは遥か彼方かもしれないけど」

 陽乃は意地悪な笑みを浮かべた。

「陽乃こそ、理想が高過ぎてゴールは遥か彼方だよ」

「私?そんなことないよ。結婚の選択肢も決定権も男ではなく、私にあるんだから。常にゴールは目の前にある。テープを切るか切らないかは、私次第なの」

 相変わらず余裕だ。
 その自信、どこからわいて出るんだろう。

 羨ましいな。
 私は日向に求婚されても、ゴール目指して走り出す勇気はない。

 同僚から恋人に変化し、その先に進むことがいまだに怖いから。
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