獅子に戯れる兎のように
 みんなの視線は主役の二人に向いている。窓際のテーブル席、淡いピンクのクロスの下は参列者には死角。

 日向は前方に視線を向けたまま、テーブルクロスの下で私の手を握った。

 私は周囲が気になり、思わず視線を泳がせる。同じテーブルには部長も課長も座っている。

 後ろのテーブルには山川の同期や友人。

 ドキドキしながらも、なぜか……嬉しかった。元カレである虹原の披露宴で、平常心を保つにはやはり限界がある。

 私には……
 日向がいてくれる。

 そう思うと、大きな手のぬくもりが心強かった。

 ◇

「雨宮さん、素敵なスピーチありがとうございました」

「山川さんおめでとう。お幸せにね」

「私達が結婚出来たのは雨宮さんのお陰です。あの日、雨宮さんが私の気持ちを伝えてくれたから。ねっ、晃平《こうへい》さん。雨宮さんも頑張って下さいね」

 山川は私に視線を向け、意味深に微笑む。その隣で、虹原は私に気まずそうに視線を向けた。

 晃平さんか……。
 名前なんて、呼んだこともなかったな。

 新郎新婦、虹原のご両親と山川のご両親に見送られ、私は披露宴会場をあとにした。

 二次会は行かない。
 私もそこまで強くはない。

 虹原の視線を背中に感じながらも、今の私は寂しくはないし、惨めでもない。

 ホテルの前でタクシーを待っていると、携帯電話が音を鳴らした。

 バッグから携帯電話を取り出すと、日向からのLINEだった。日向は私の数メートル先に立っている。

 男子社員と会話をしながら、同じようにタクシーを待っている。

「雨宮さん、同じ方向だよな。相乗りしないか?」

 部長に声を掛けられ、思わず言葉を濁す。何故なら日向のLINEには、【今夜は一緒に過ごしたい。】と書かれていたから。

「すみません部長。私、やはり電車で帰ります」

「そのドレスで電車?」

「コート着るから大丈夫です。失礼します」

 部長に挨拶をし、男子社員の後ろを通り過ぎる。

 再び日向からLINEが入る。

【新宿のホテル、MARIONETTEのラウンジで待ってて。】
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