獅子に戯れる兎のように
「いつになるかわからないけど、金を貯めて、焼き鳥屋の修行を積んで、親父みたいに店を出したいと思っている」

「えっ……」

「花菜菱デパートで働いている方が、安定した生活を得られると思う。けど、両親の墓参りをして思ったんだ。俺が一番やりたかったことは、親父みたいに小さな焼き鳥屋の店主になること。もう一度、日和《ひより》の暖簾を出したいんだ」

 日向は花菜菱デパートで定年まで勤めるものだと、勝手に思い込んでいた。

 平凡だけど、結婚したらいつかは小さな家を持つことが、幼い頃からの夢だった。

 私の描く未来と、日向の描く未来はあまりにも違っている。

 日向の夢に……
 私はついて行けるのかな。

 どちらにしろ、もし私達が結婚すれば、どちらかは異動になる。同じ都内ならいいけれど、遠距離になる可能性もある。その場合、妻が退職し同行するのが常だ。

 私は、戸惑いを隠せない。

「ごめんなさい。直ぐに返答出来ない」

「そうだよね。わかってる。いつか実現させたい目標だから、知っていて欲しかったんだ。正式なプロポーズはもう少しあとにするよ。全てを含めた上で、雨宮さんの返事を聞きたいから」

 体を抱き締めている逞しい腕に、そっと手を重ねる。

「狡いのね。もし私が日向さんの夢にはついて行けないと答えたらどうするの?」

「雨宮さんがYESと答えてくれるまで、何度でもプロポーズする」

「私、おばさんになっちゃうかも」

「俺もおじさんになってるかも。それでも離れないから、覚悟しといて」

 ギュッと抱き締められ、日向の鼓動を背中に感じる。

 ――トクン、トクン……

 私達は今、確かに同じ時間を共有し、生きている。

 こんなにストレートに……
 求愛されたことはなかった。

 心の中で、日向への想いがどんどん膨らんでいく。
< 202 / 216 >

この作品をシェア

pagetop