獅子に戯れる兎のように
【22】兎の一番大切な人
「日向さんはお刺身大丈夫よね?食物アレルギーはある?」

 数日後、日向が突然自宅に訪れ、母は若干テンパっている。

「はい、大丈夫です。でもお気遣いなく」

「お母さん、何聞いてるの」

「だって、健康そうに見えても、アレルギーがあるかもしれないでしょう」

 それはそうだけど。

「いずれ家族になるのよ。色々知っておきたいでしょう」

 日向は母の言葉に「はい」と頷く。

 いずれ家族に……。
 気が早いんだから。

 私達、本当に家族になれるのかな。

「日向さんは飲める口か?ビールと日本酒どちらがいい?」

「両親の影響かな。日本酒の方が好きです」

「ほう、若いのにワインやビールではなく日本酒か。母さん、酒を熱燗で」

「はい」

 母はいそいそとお酒の支度をし、父もまた上機嫌で日向と世間話をしている。

 日向がいずれ花菜菱デパートを退職し、焼き鳥屋の修行を積み、自営業に転職したいなんて夢を語れば、お堅い銀行員の父も、真面目な専業主婦の母も、どう思うのだろうか。

「柚葉は結婚したら、もちろん退職するんだろう」

 ……ほらね、女は結婚すれば寿退職し主婦業と子育てに専念すればいいと思ってるんだから。

「私は結婚しても退職しないよ。それに私達はまだ結婚なんて考えていないから」

 やんわりと結婚を否定する私に、日向が視線を向けた。

「俺は今すぐにでも結婚したいと思っています。柚葉さんが結婚後も仕事を続けることは反対ではありません」
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