獅子に戯れる兎のように
エピローグ
 ―翌年三月、大安吉日―

「母さん、ネクタイはこれでいいのか?あー、あー、本日は結構な結納をいただき、厚くお礼申し上げます。幾久しく…幾久しく…、母さん、次はなんだっけ」

 父は何度も結納の挨拶を繰り返し、朝からそわそわと落ち着かない。

『結納なんて大袈裟なもの、しなくていい』と日向に申し出たが、日向は『両親がいなくても、きちんと結納はします』と言い張り、日向が学生時代お世話になった大阪の親戚を東京に呼び寄せ、急遽我が家で結納を執り行うこととなった。

 ――というわけで、朝から父は、今まで見たことがないくらいテンパっている。

「母さん、受書は用意したのか」

「はいはい。ちゃんと用意してありますよ。少し座ったらいかがですか?」

 母は着物を着ながら、溜め息を吐く。

「結納でこれなんだから、挙式当日はどうなることやら」

「お父さん、ぶっ倒れるんじゃない」

 花織がケラケラと笑った。

 彼氏との交際も親公認となり、両親との関係も修復出来たようだ。

 一時間後、玄関のチャイムが鳴り、両親と共に出迎える。

 笑顔の日向と親代わりのご親戚。簡単な挨拶を済ませ、結納品を男性側が和室の床の間の前に飾り付ける。

 両家が向かい合い、日向と視線が重なった。

 振り袖姿の私。
 今日のために母が用意してくれた真新しい着物は、淡いブルーの生地に艶《あで》やかな桜。

 日向の目に、今日の私はどう映ってるのかな。

「本日はお日柄もよろしく婚約の印として、結納を持参いたしました。何とぞ、幾久しくご受納下さいませ」

「本日は結構な結納をいただき、厚くお礼申し上げます。幾久しくお受けいたします。受書でございます。どうぞお納め下さい」

 父は噛むことなくスムーズに言え、ホッと肩を撫で下ろす。

 これから先、日向と歩む未来は、雨の日も風の日も、豪雨の日もあるだろう。

 日向なら、どんなに荒れた空模様でも、黒い雨雲の隙間から明るい陽差しを私に注いでくれる。

 あなたとなら……
 どんな未来が待っていても怖くない。

 あなたの秘めた強さも……
 あなたの秘めた優しさも……
 私は全部知っているから。

 ――強い獅子《ライオン》に抱《いだ》かれる兎のように……。

 あなたは鋭い爪を隠し私を傷付けることなく、全身全霊で愛情を注いでくれる。

 ――優しい目をした獅子《ライオン》に、戯《たわむ》れる兎のように……。

 私はあなたに守られ、自由に跳ね回ることができる。

 ――そして、私達は生涯変わらず、互いを愛し想い続けるだろう。

 だって、運命の赤い糸は……
 出逢った時から、絡まっているのだから。
 




 ~THE END~

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