獅子に戯れる兎のように

 私は渡されたビニール傘を手に、雨の中に立ち尽くす。傘から流れ落ちる雨粒が、私の涙に思えた。

――『俺達もう一度、大人同士の付き合いが出来ないかな』

 誰が小暮なんか……。

――『妻がいても関係ないよ。俺は柚葉とまた昔のように付き合いたいだけだ。来ないと昔の写真SNSで公開するよ』

 あれは恋なんかじゃなかった。

 昔の写真をばらまくと脅した小暮の言葉に、体が震える。

 あんな男を、ほんの一瞬でも好きだった自分の愚かさに、涙が溢れた。

 この雨が……
 私の体に染みついた過去を洗い流せるものなら、傘を投げ捨て豪雨に打たれ全て消し去りたい。

 ◇

 翌日、想定外のことが起きた。
 家庭教師派遣会社から電話が掛かってきたのだ。

『雨宮さん先日の家庭教師の件ですが』

「先日?……あっ、はい」

『先方の親御さんから是非来てくれないかと、再度申し込みがあったの。どうしますか?これを断るなら、もうあなたにアルバイト先は紹介出来ないけど』

 ――それって、行かなければ解雇すると、遠回しに通告してるんだよね。

「あの……その件なら……」
< 22 / 216 >

この作品をシェア

pagetop