獅子に戯れる兎のように
【4】獅子の爪痕と折れた牙
【柚葉side】

 数日後、私は彼に借りた傘を持ち小伝馬町の居酒屋に向かった。家庭教師派遣会社から、『再度の依頼に応えるためにも授業をするように』と命じられたからだ。

 連日の雨、灰色の雲が空を覆い今にも振り出しそう。

 やだな。
 今夜も雨なのかな。

 彼とまた顔を合わせなければいけないと思うと、足取りは重くなかなか前に進まない。

 ――時刻は午後五時半過ぎ。
 店の前には準備中の看板。

 店の外にはさらに数人の行列が出来ている。小さな店だが常連客には人気のようだ。

 私は行列の先頭に立つ人に会釈し、色褪せた暖簾を潜りドアを開ける。

「いらっしゃい。お客さん今準備中なんで、六時開店まで並んで待ってもらえますか?」

 カウンターの中で忙しそうに働いている大将と女将。慌ただしく厨房で仕込みをし、私には目もくれない。

「あの……。家庭教師派遣会社から来た雨宮です」

 私に背を向けていた大将と女将が同時に振り返る。女将の険しい顔が瞬時に緩み、笑顔が漏れる。

「あら先生。来てくれんですね。嬉しいねぇ。さぁ、上がって上がって」

「ご依頼の件ですが……」

 丁重にお断りするつもりだったのに、カウンターから出てきた女将は満面の笑みで私の背中を押した。

「あの……」

「バカ息子ならじきに帰りますから。部屋で寛いでいて下さい」

「いえ、あの……。お話が……」

 発言する隙も与えられないまま、私は階段を上らされ彼の部屋へと連行された。女将は部屋のカーテンを開き窓を全開し、部屋に散らばる雑誌や衣類を急いで片付ける。
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