獅子に戯れる兎のように
 ――勢いよくドアが開き、その反動で立てかけていたビニール傘が倒れる。そこには、鋭い目をした彼。

 猛獣のご帰宅だ。

 雨の日の優しい眼差しはそこにはない。

 感傷的な気持ちが吹き飛び、ここが獅子《ライオン》の檻の中だということを思い知らされる。

「つーか、あんた俺の部屋で何してんの?」

「……あの……傘を」

 床に倒れた傘を思わず掴み身構える。

「わざわざ傘を返すために俺の部屋に上がり込んだのか?親が何を言ったかしらねぇが、俺は家庭教師はいらねぇから。さっさと帰りな」

「……ですよね。先日は傘をありがとう」

 私は彼に視線を向け、恐る恐る傘を差し出す。

「でも……大学受験しなくても、学生の間は勉強した方がいいよ。大人になると出来ないから。私も卒業までに色んなことを学び、色んなことを吸収したいと思ってるの」

「数学の公式や化学の実験が社会に出て何の役に立つんだよ」

「学生時代に得たことは、将来きっとあなたのプラスになると思う。ご両親もそう考えてるからこそ、あなたに勉強して欲しいと思ってるんだよ。今日私の授業を受けたことにしてくれない?授業を受けたことにした上で、そちらから家庭教師の変更を申し出て欲しいの」

「あんたの授業を受けたと俺に嘘をつけと?だったら、今すぐ帰ったら親にバレバレだよな」

「……そうね」

「こっちから家庭教師の変更を申し出たら、あんたが都合悪いんじゃねぇの?」

「その方が派遣会社に迷惑かからないわ。私が責任取ればいいだけ。あなたも家庭教師が気に入らないと説明した方がご両親に説明つくでしょう」

 彼が私をまじまじと見つめた。

「自分の立場が不利になっても、派遣会社の面目を保ちたいと?」
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