獅子に戯れる兎のように
 私はコクンと頷く。

「だったら、ここに座れよ」

 彼が私の腕を掴んだ。彼の視線の先にはベッドがある。

 また同じことをする気なんだ。

 身の危険を感じ、小さな抵抗をする。

「離して、また変なことしたら叫び声をあげるわよ」

「叫び声なんて出せねぇだろう。あんたは兎、声なんて出せない。俺はあんたと話がしたいだけだ。なぁ、あのコンビニの店長、あんたのなに?」

「……私とあの人は無関係よ。商品を探していただけ」

「商品?どう見ても無関係には見えなかったけどな。アイツ左手の薬指に結婚指輪してたよな。あんた、おとなしそうな顔して不倫してんの?俺、不良だけど不倫とか嫌いなんだよな」

「不倫なんてしてない。もし私が不倫していたとしても、あなたには関係ないでしょう」

 過去のトラウマに土足で踏み込む彼に腹が立ち、その手を振り払った。

 それでも怯むことなく彼は私ににじりよる。壁に追い詰められ、両手で封じ込められた。

「あんたさ、まだアイツに縛られてんの?アイツと付き合ってたんだろう」

「そんなこと、あなたに関係ないでしょう」

 どんなに強がっても高校生だ。
 不良なんかに負けない。

 両手で封じ込められても、彼を睨み付ける。でも恐怖で足はガクガクと震えている。

「俺がアイツのこと忘れさせてやるよ」

 彼の指が私の顎にかかり、グイッと顎を持ち上げた。

 猛獣の好きにはさせない。
 女がみんな、男に屈すると思わないで。

 唇をキュッと結び、彼から目を逸らさず睨み付ける。

 大人としての、精一杯の抵抗。
 こんなことは間違っていると、彼に気付いてほしい。
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