獅子に戯れる兎のように
 男性との性的な関係にトラウマを感じていた私は、去年のクリスマス、彼に体を求められ拒絶してしまった。

 それでも彼は無理強いはせず、私を抱き締めたまま同じベッドで一夜を過ごした。

 彼に対して申し訳ないという気持ちと、肉体関係を持てば嫌われてしまうのではないかという不安に苛まれ、私はこれ以上交際を続けることは無理だと感じていた。

 成人した男女が、恋人でありながら肉体関係を持たない交際が成り立つとは思えないからだ。

 でも彼はそんな私に優しい笑みを向ける。

『別れないよ。雨宮の過去は聞かない。雨宮が俺に心を許してくれるまで、ずっと待つから』

『ごめんなさい……』

 彼の優しさに……
 涙が溢れた。

 ◇

 ――定時で仕事を終え、真っ直ぐ虹原のマンションに行き、合い鍵でドアを開ける。

 合鍵を常に持っているわけではない。この鍵は『大切な話があるから今夜来て欲しい』と、給湯室でこっそり渡されたものだ。

 オフィスラブの緊張感を楽しむように、彼は時折そういう行動をとる。

 このマンションを訪れるのは、あのクリスマス以来。そのため内心は複雑な気持ちだった。

 マンションに到着してすぐ、バッグの中で携帯電話が音を鳴らした。彼からのメールだ。

【課長には直帰すると伝えてある。今から帰る。】

 外回りしたのかな。仕事で何かあったのかな。

 夕食の用意をするため、近くのスーパーで買い物をしてきた。

【キッチン借りていいですか?お料理作りますね。すき焼きでいいですか?】

【作らなくていいよ。何か出前を取ってもいいし。】

 出前だなんて……。
 女子力ないと思われてるのかな。

 せっかく買い物して来たのに、少し寂しい。

【わかりました。マンションで待ってます。】

 私達は付き合っているけど親密な関係ではない。彼のマンションで料理したいなんて、図々しいよね。

 バカだね、私。
 彼の気持ちが、いまだに掴めない。
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