獅子に戯れる兎のように
『大切な話がある』と言われ、過度な期待をし舞い上がってしまったんだ。

 ――暫くすると玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、虹原が立っていた。少し不機嫌な表情、恋愛下手なくせに負の感情だけはすぐに察知してしまう。

「お帰りなさい。お邪魔してます」

「ごめん。遅くなって……」

 彼は玄関に入るなり、突然私を抱き締めた。

「……どうしたの?何かあったの?」

「職場で雨宮を抱き締めることは出来ないからね」

「……虹原さん」

 玄関のドアがバタンと閉まり、彼の唇が私の唇を塞いだ。手にしていた鞄が床に落ちる。

 いつもより激しいキスに、どうしたらいいのかわからない。唇を割って差し込まれた舌が、口内で生き物のように蠢いた。

 彼の手が洋服の上から体を愛撫した。
 いつもの彼じゃない……。

 ――怖い。

 フラッシュバックのように……
 小暮の顔が脳裏に浮かんだ。

「……お願い。待って」

 思わず涙目になる。

 いつもなら、この一言で彼の動きは止まる。でも今夜の彼はいつもとは違っていた。

 彼はその場で私を軽々と抱き上げた。

「……虹原さん」

「もう焦らさなくてもいいだろう」

 優しい口調だか、強い意思を感じる。
 今夜の彼は……本気だ。

 彼を駆り立てたものが、一体何なのかわからないまま、私はベッドの上に降ろされた。

 彼はスーツの上着を乱暴に脱ぎ捨て、ネクタイを緩めた。

「……シャワーを先に使いたいの」

 そんな言葉すら、彼の唇に塞がれてしまった。

 これは一方的な要求ではない。
 私たちは交際している。

 恋人なら、当然のこと。

 だから……
 落ち着くのよ。
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