獅子に戯れる兎のように
 何も怖くない。
 怖くない……。

 恐怖心を封じ込め覚悟を決める。
 瞼を硬く閉じ、彼の動きに身を任せた。

 彼が洋服を手繰り上げ胸に触れる。ひんやりとした掌の感触に、ビクンと体が跳ねた。乱暴に触れられるほど、体は強ばっていく。

 ――『お前、人形みたいだな。全然つまんねぇよ』

 不意に小暮の声が、鼓膜に甦る。

 耳を塞ぎたくなる言葉。
 思い出したくない過去。

「……っ、虹原さん待って」

「どうして?雨宮が俺を拒むのは未経験だから仕方がないと思っていた。そんな雨宮を大切にしたいと思ったんだ。でも本当の姿は違ったんだよな」

「……どういう意味ですか」

「ある投稿サイトで画像を見たんだよ。初めは他人のそら似だと思った。でも女性のイニシャルはY。あれは雨宮だよな。ベッドの上で横たわっていたのは雨宮だろ。画像はぼかしてあったけど、俺にはわかるんだ」

 投稿サイトの画像……!?

 小暮が……
 あの写真を投稿したの……!?

 全身から血の気が引き、顔面蒼白となる。彼に唇を奪われても、彼に体を触れられても、頭の中は過去のトラウマに支配され暗黒に塗りつぶされた。

 ――涙が頬を伝った。
 その涙を見て、彼の動きが止まった。

「やっぱりあの写真は雨宮なんだね。あの写真に心当たりがあるんだね。君には失望したよ。俺達もう付き合えない。別れよう」

 彼は起き上がり、ベッドに横たわる私を蔑むように見下ろした。

「コンビニに行ってくる。悪いけどその間に帰ってくれないか」

 立ち去る彼の足音を聞きながら、ベッドに蹲り声を殺して泣いた。

 私は人を愛する資格なんてない。
 人に愛される資格なんてない。

 その画像が本当に私なのか、その事実を確かめる勇気もない。

 でも私が……
 未経験でないことは、事実だ。

 男性と性的な経験がありながら、彼に本当のことが言えなかったことに、変わりはない。
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