獅子に戯れる兎のように
 ――総務部に入ると、虹原の周りに人だかりが出来ていた。

 彼と目が合い思わず視線を逸らし、俯き加減に挨拶をする。

「おはようございます」

「おはよう。雨宮さんちょっといい?」

「……はい」

 虹原に呼ばれ、彼の傍に行く。

「実は大阪に転勤することになったんだ」

 虹原は係長への昇格を噂されていた。栄転に違いない。でも、大阪だなんて。

 私は突然の異動に、驚きを隠せない。

「大阪ですか……。ご栄転おめでとうございます」

「転勤は三日後。雨宮さんとは同期入社だし、色々お世話になりました。同期会の有志で今夜送別会をしてくれることになってね。急だけど雨宮さんも是非一緒にって」

「私は……」

 他の社員の視線を感じ、断る理由も見つからずコクンと頷く。

「わかりました。参加します」

「詳細はあとで知らせるよ」

「……はい」

 あんなことがあり別れた私達。できることならばプライベートでも逢いたくない。
 そう思っているのに、トクトクと鼓動は速まる。

 私は未練がましい女だ。
 最悪な結末を迎えたのに、まだ彼に想いが残っている。

「雨宮さんはいいなぁ」

「えっ?」

 振り向くと、背後に山川が立っていた。
 どうやら、私達の会話を聞いていたようだ。

「虹原さんと同期だなんて、羨ましいなぁ。私も同期なら良かったのに。虹原さんのこと、独身女子はみんな狙っていたんですよ。イケメンだし優しいし、国立大卒だし将来有望なエリート社員。秘書課の女子と噂あったけど、付き合ってるのかな?」

「……さぁ」

 彼に秘書課の女子と噂があったなんて知らなかった。

「同期会の送別会でそれとなく聞いてもらえませんか?」

「そんなこと聞けないよ」

 元カノの私が『二股してたの?』なんて、噂の真相を聞けるはずがない。
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