獅子に戯れる兎のように
【6】同じ名を持つ白馬の王子
「柚葉夕飯は?」

「もうすませた」

「珈琲でも飲む」

「自分でするからいい」

 キッチンから母の優しい声が聞こえたが、私はその声を弾き飛ばすようにぶっきらぼうに答える。

「本当に愛嬌のない子ね。もう二十七なのよ。少しは花織を見習って愛嬌を振り撒かないと男性に見向きもされないわよ。可愛いげのない女はそれだけで損をするの。ほら、女は愛嬌って昔から言うでしょう」

 また始まった。母の口癖。
 やっと家族が揃っても、妹と比較されては居心地が悪い。

 自分でインスタント珈琲を入れ、カップを鼻に近付ける。珈琲の香りを胸いっぱいに吸い込み心を落ち着かせ、今日の出来事を吐き出す。

「私ね、プロポーズされたの。でも断ったんだ。私だって付き合ってる人くらいいたよ。ただ……今はまだ結婚したいと思えないだけ」

「お姉ちゃん、まじで?どうしてプロポーズ断ったの?誰と付き合ってたのよ?お姉ちゃんに恋人がいたなんて全然気付かなかった」

 花織は矢継ぎ早に問い掛け、ピーピーとオウムのように煩い。

「柚葉、質問に答えなさい」

 野太い声がし、思わずビクつく。父が帰っていたなんて、想定外だ。突然現れるなんてズルい。

「お父さん帰っていたの?やだ、いるならそう言ってよ」

「父さんがいては話せないことなのか」

 そうじゃなくて。
 話がややこしくなるから。

 父がいるなら、こんな話しなかった。

「同じデパートで働いている人と一年交際してたの。その人が大阪に異動になり、着いて来て欲しいって言われたけど、私は今の部署で仕事を続けたいし、まだ結婚する気もないからお断りしたの」

「結婚する気もないのに、その男性と一年も交際していたのか」

 一年もって……。
 変な想像しないで欲しい。私と彼は肉体関係はなかったんだから。

 でも男性恐怖症で肉体関係が持てないとか、元カレにネット上に画像を拡散されたかもしれないなんて、口が裂けても両親に相談なんて出来ない。
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