獅子に戯れる兎のように
 ――結局、一時間だけ実家に滞在し、父の車で寮まで送ってもらうことになった。父とはあまり会話はない。父も口数が少ないし、私も無口だから。

 その父が、車中で私に話しかける。

「柚葉、父さんは四年間東京支店にいられそうだ。社宅も三LDKにしてもらった。柚葉がいつ戻ってもいいように、お前の部屋も用意したんだ」

 私の部屋か……。
 さっき確認したけど、花織の荷物が占領し物置になっていた。

「ありがとう。でも今まで一人でやってきたから、もう少し頑張ってみるよ。親の脛を齧《かじ》る年でもないしね」

「そうか。だったら時々夕食を食べに来なさい」

「はい」

 十八歳から親元を離れていると、家族ともう一度暮らすことが億劫になる。

 だけど父の言葉は温かくもあり、煩しくもあり、親子って厄介な関係だとつくづく思った。

 ◇

 翌日、虹原とのこともあり、朝から胃がキリキリと痛んだ。

 一度は振られた相手に、まさかプロポーズされるとは思っていなかったし、そのプロポーズを断った私は、他人からすればバカな女なのかもしれない。

 正直、彼とどんな顔をして逢えばいいのかわからない。

 ―花菜菱デパート、女子ロッカールーム―

「おはようございます」

「雨宮さん、おはようございます。昨日はありがとうございました」

 山川は私に満面の笑みで、頭を下げた。
 私、彼女に何かしたっけ?

「昨日?」

「はい。虹原さんに私の気持ちを伝えてくれたんですね。昨夜……虹原さんから電話もらったの。驚いちゃった」

「昨夜……?」

「虹原さんかなり酔っていたけど、私の気持ちを雨宮さんから聞き、嬉しかったって言ってくれました」

 私と別れたあと一人でお酒を飲み、酔った勢いで山川に電話したの?

 私への気持ちは、その程度だったんだ……。

 複雑な心境だった。
 プロポーズを断り、自分から縁を断ち切った相手なのに、まさかその直後に同じ庶務課の山川に電話するなんて。

 でも、そう仕向けたのは私だ。

「虹原さんが『遠距離でよければ交際しませんか』って。雨宮さん本当にありがとうございました」

 男は女よりも未練がましい生き物だと以前何かの雑誌で読んだことがあるが、それは全く根拠がなかったみたい。

 男も数秒で、プロポーズした相手を断ち切ることが出来る。

 それとも、私への当てつけかな。
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