獅子に戯れる兎のように
ホームにベルが鳴り響き、電車が到着する。その音に正気を取り戻し、再び時間が動き出す。
私は彼の視線から逃れるように、電車に乗り込んだ。
彼から逃れホッと胸を撫で下ろし、車窓からホームを見る。
彼はホームで駅員と揉めていたが、発車寸前駅員を振り切り電車に飛び乗った。
まさか同じ電車に乗車するとは思わず、私はドアに背を向け離れた場所に立ち、人の陰に隠れる。
彼は私に気付かず、私と同じ駅で下車した。彼のあとを付いて歩きたくはないのに、訪問先のお宅は奇しくも彼と同じ方角だった。
彼に気付かれないように、彼との距離を数メートルあけて歩く。
彼は細い路地に入り、小さな居酒屋の中に入った。
高校生が居酒屋!?
喧嘩の次は飲酒!?
こんなことが学校に知れたら、間違いなく停学か退学だよ。
素通りすればいいのに、お節介な私は居酒屋の暖簾を潜る。カウンターしかない狭い居酒屋の中は、焼き鳥と煙草の煙が充満している。
「いらっしゃいませ」
威勢のいい大将と人の良さそうな女将さんが、私に視線を向けた。
店内はすでに満席だが、彼の姿はない。
彼が客でないとすれば、居酒屋でアルバイト?
お酒を扱い、深夜まで営業する居酒屋で高校生がバイトをするなんて、もっとも劣悪な環境だ。
「お客さん、お一人ですか?カウンターの隅でよければもうひとつ椅子出しますよ。どうぞ」