獅子に戯れる兎のように
「社会人のマナーって、異性を寮に泊めないことですか?」

 ……っ、変なとこ突っ込まないで。

「みんながそれをすると、寮の規律が乱れるでしょう」

「ここはラブホテルではないということですね」

「日向さん、そんなことハッキリ言わないで」

 思わず赤面する私。
 苦笑している日向は、意外としたたかな男かも。

「大阪出身なのに、標準語上手ですね」

「なんでやと思う?ほんまは東京出身で、大阪弁は苦手やねん」

 わざと方言を使う日向に、思わず笑みが漏れた。

「出身は東京なの?」

「訳あって大阪に引っ越したから。大阪弁は苦手だけど、大阪の方が俺の性に合ってる。東京は冷たい街だから嫌いなんだ」

「だったらどうして……」

「人事異動やから、しゃあないやん」

 日向の大阪弁は確かに違和感がある。
 クスクス笑う私を見つめ、日向は美味しそうに珈琲を飲む。

「雨宮さんの笑顔、初めて見ました。会社でも歓送迎会でも全然楽しそうじゃなかった。どこか寂しい目をしてました」

 私のこと、そんな風に見てたの……。

「やだな。寂しい目だなんて」

「俺、女性の寂しい目を見るのは嫌いなんです」

「私は寂しい目なんてしてないわ。疲れていただけ」

 日向の言葉は胸に突き刺さった。虹原のプロポーズを断り、虹原との別れを決めたのは自分なのに、心のどこかで寂しいと思っている自分がいる。

 未練がましくて自分が嫌になる。

「ご馳走さまでした。お先に。日向さんごゆっくり」

「はい。雨宮さん今夜の夕食は寮で食べますか?」

「いえ、用事があるから」
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