獅子に戯れる兎のように
【9】眠れる獅子は起こすべからず
「私の家は代々続く個人病院なんだ。南原のように大病院の御曹司ではないけれど、いずれ木崎クリニックを継ぐことになる。
 個人病院は経営も大変でね。ここに集まるセレブなお嬢様では勤まらない。
 私の両親は祖父から受け継いだクリニックの経営に全力を注いだ。子育ては家政婦に任せ、殆ど一緒に食事をしたこともない。だから幼少期にはとても寂しい思いをした」

 木崎はさらに言葉を続けた。

「一時は閉院も考えた個人病院を、両親が必死に立て直した。患者一人一人を大切にし、信頼を築き上げた。
 私は寂しい思いをしたが、今は両親を誇りに思っている。だが自分の子供に寂しい思いをさせたくはない。妻となる人にはクリニックではなく、家庭を守って欲しいと思っている。清楚で家庭的な女性をずっと探していた」

 清楚で家庭的……
 私はそんな理想的な女性ではない。

「木崎さんは誤解しています。私は清楚で家庭的な女性ではありません。それに教養もない。木崎さんに相応しい女性は他にいるわ」

 木崎は口元を緩めた。

「面白い、ますます気に入りました。是非今度ご一緒にお食事でも」

「……木崎さん」

 丁重にお断りしたつもりなのに、どうやら伝わっていないらしい。

「あら木崎さん、もう柚葉を口説いてるの?」

 困り果てていると、ナイスタイミングで陽乃が戻って来た。

「陽乃……」

 陽乃に目で助けを求める。

「柚葉、木崎さんは誠実な方よ。柚葉とはお似合いかも」

 だが、どうやら助け船ではなかったようだ。

「陽乃、無責任なこと言わないで」

 陽乃はクスクスと笑う。その仕草も色っぽい。

「留空も凄いわね。やっとモテ期に突入ね。美空はアイドルのマネージャーみたい。仕切りまくってる」
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