獅子に戯れる兎のように
 留空は一枚の名刺を指差す。

「望月歯科クリニックか。望月明男《もちづきあきお》、歯科医も悪くないね。付き合うの?」

「彼は着飾った私に興味を持っただけだよ。素の私になんて興味はない。きっと擦れ違っても気付かないよ」

「気付くか、気付かないか賭ける?」

「えっ?」

「勝者は敗者にトンちゃんの豚骨ラーメンを奢る」

「やだ、美空何考えてるの?」

「本当に興味を抱いた女性なら、容姿が異なっても気付くはずでしょう。名前も声も同じなんだからさ。童話の王子様もみすぼらしい姿のシンデレラに気付いたわ。童話が現実になるか、検証しようよ」

 美空は勝手に盛り上がり、留空は美空に完全に乗せられた。

「歯科検診に行き、素顔の留空に気付くか試してみようよ」

「美空は悪趣味だね。少しは留空の気持ちを考えなさい」

「留空に気付いたら、この人の気持ちは本物。シンデレラみたいに、留空はその人と付き合う。彼氏いない歴にストップだよ」

「……わかった」

「えっ?」

「やってみる」

 驚いている私を尻目に、美空は「やったね」と、指をパチンと鳴らした。

 パーティー会場にいた留空と、目の前の留空は別人だ。

 一度逢っただけの人に、気付かれるはずはない。

 でも、気付いて欲しいという気持ちもある。

 男性がみんな、女性を外見でしか選んでいないとは思いたくないから。

「柚葉も木崎クリニックに行ってみたら?」

「よしてよ、内科だよ。木崎さんに胸を見せろっていうの?」

「あはは、いきなりオッパイ見せるなんて、それ衝撃的だね」
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