獅子に戯れる兎のように
 高校生の頃、日向は都内に住んでいた。両親が経営するお店も、小さいながら繁盛していた。

 ――『辛いことも思い出す』
 日向の眼差しが脳裏に過る。

 辛いこととは……お母さんのこと。
 それで……大阪に。

 玄関の鍵を開けると、壁の向こうからガチャンと音がした。

 余計な詮索はやめよう。
 日向が私のことを忘れているのなら、記憶を掘り起こすことはない。

 玄関の鍵を下駄箱の上に置き、照明を点ける。

 洋服を脱ぎ浴室に直行しシャワーに打たれていると、冷たい雨に打たれ泣いた夜を思い出した。

 シャワーのお湯はこんなに温かいのに。

 シャワー栓を閉じても、浴室内に水音が響く。

 もしかして、日向もシャワーを?

『あっ、もしかして雨宮さんもシャワーですか』

「…っぁ」

 微かに聞こえた声……。
 姿が見えるわけでもないのに、みっともないくらい私は焦っている。

 日向の問い掛けに返答することも出来ず、逃げるように浴室を飛び出した。

 ――私、何やってんだか。

 濡れた体をバスタオルで包み、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、キャップを開け口飲みする。

 シャワーを浴びたせいか、体はポカポカと熱を帯びている。

 鼓動は太鼓みたいに、トクトクと音を鳴らした。

 ――『ていうか、あんたよく見たら美人だな。スタイルも悪くねぇし、どうせするなら違う勉強教えてよ』

 高校生の日向。突っ張っていて、怖いくらい尖っていた。

 年月は人をあんなにも変えてしまうのだろうか。

 私も……
 日向が気付かないくらい歳を重ね、変わってしまったのかな。
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