獅子に戯れる兎のように
「私はパス。留空行こう」

「あっ……うん。私も今日は早帰りだし、行きたいところがあるから……」

 留空もそそくさと席を立つ。私も席を立とうと腰を上げた時、陽乃に腕を掴まれ耳打ちされた。

「日向さんが見てるよ。どうするの?」

「……わかった。行くわ」

 ただし、今夜逢ってハッキリと断る。陽乃を使って私を誘い出すことはもうしないで欲しいとちゃんと伝える。

「定時で終わるでしょう?ロッカールームで待ってる」

「……じゃあ」

 トレイを持ち席を立つ。
 日向の視線を感じつつも、素知らぬ顔で通り過ぎる。

 これで……いい。
 日向ともう拘わりたくない。

 過去の惨めな自分を思い出すから。

 ◇

 一日の仕事を終え、ロッカールームに向かう。

「お疲れ様、雨宮さん」

「山川さん、今日はやけに張り切ってるね。いいことでもあったの?」

「わかります?今日虹原さんが東京出張で来てるんです。夜食事する約束しました」

「そうなんだ」

 山川の口から虹原の名を聞き、動揺するなんてどうかしてる。

「雨宮さんも一緒に行きますか?」

「遠慮しとく。お邪魔したら悪いし」

「うふっ、今日は勝負下着なんです」

「……っ、山川さん」

「あっ、すみません。遠距離恋愛って電話やメールだけでは不安で。関係を繋いでないと安心出来ないから、保険みたいなものですよ」

 男女の情事が保険か……。
 そんなことをしても、終身保険にはならないよ。

「なので今夜は勝負してきますね。虹原さん誘ってくれるかな」

 若くて美人の山川、スタイルも抜群だし、女子力高いし、男なら誰でも誘うでしょう。
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