獅子に戯れる兎のように
 木崎は恋人なんかじゃない。一度逢っただけだ。

 でも山川はこれから虹原と逢う……。山川のことだ、きっと今聞いた話を、得意げに虹原に話すだろう。

 虹原に私がいまだに過去の恋を引きずっていると思われたくない。

 そんな想いから、ほんの少し見栄を張った。

「実はね、交際してるの。でも職場では言わないで。みんなすぐに結婚とか寿退社とか騒ぐから嫌なの」

「医師と結婚だなんて、超セレブですね。羨ましいな。わかりました、職場で他言しません」

 陽乃はわざと山川を煽る。

「本当かな、山川さんお喋りだから」

「……っ、絶対に他言しません」

 山川は急いで私服に着替えると、「お先に失礼します」と足早にロッカールームを飛び出す。

「柚葉と木崎さんのこと、これで社内に知れ渡るわね」

「やだ、今、他言しないって……」

「柚葉はおバカさんね。山川さんが黙っていられると思う?虹原さんに即行話すわよ。でも話してくれた方がいいんじゃない?」

「……陽乃」

「だから、柚葉も山川さんに嘘をついた。女にも譲れないプライドがあるものね。過去の恋を捨てたのは柚葉。虹原さんじゃない。いけない、約束の時間過ぎてる。柚葉早くして」

 過去の恋は掃き捨てたつもりなのに、心の隅で埃のように溜まっている。

 もう虹原は私のことなんて微塵も想ってないのに。

 結局、元カレと付き合っている山川に見栄を張りたくて、木崎を利用したに過ぎない。

 陽乃のことをとやかく言える立場じゃないな。
< 90 / 216 >

この作品をシェア

pagetop