獅子に戯れる兎のように
「……はい」

 そうだよね。
 食事の前にお断りするのは失礼だ。それなら来なければいい。

 木崎は交際には触れず、自分の趣味や旅行で訪れた海外の話をした。

 実直な医師のイメージしかなかった木崎が、休日にはサーフィンに出掛けること。

 学生時代は長期休暇になると、ぶらりと海外へ一人旅をしていたこと。

 旅行先は大都市ではなく、発展途上国を訪れ医療の実態を知り、貧困の子供達と触れ合う。

 そんな話を語る木崎の瞳は、きらきらと輝いて見えた。

 パーティー会場で婚活をしていた木崎とは別人のようだ。

 私はというと、これといった趣味があるわけでもなく、大学在学中はコンビニや家庭教師のアルバイト、卒業後はデパートの仕事だけで、これといった趣味もない。

 だから話すこともなく、もっぱら聞き役。

「すみません、喋り過ぎだよね。雨宮さん聞き上手だから」

「こちらこそごめんなさい。私、口下手なので、私といてもつまらないでしょう」

「そんなことないよ。医師という仕事は神経をすり減らす。看護師に愚痴を溢すわけにもいかないし、両親に愚痴を溢すわけにもいかない。話を聞いてくれるだけでストレスの解消になります」

 木崎の言葉に、医師という職業も大変なのだと知る。南原のような総合病院の御曹司ではなく、個人病院の後継者はそれなりに気苦労があるんだな。

「食事のあとオーケストラの演奏会に行きませんか?学生時代の友人も演奏するんです」

「オーケストラですか?私、こんな格好なので……」

 通勤着である黒のタイトスカートとグレーのブラウスを着ている私。

 華やかな会場に相応しくないよね。
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