獅子に戯れる兎のように
 優柔不断な自分に少し呆れながらも、日向の手前恋人がいる振りを続けることを選ぶ。

 タクシーで寮の前まで送ってもらい、木崎とその日は別れた。

 女子寮のドアを開け部屋に戻ると、暫くして陽乃からメールが入る。

【オーケストラの演奏会、もう会場入りした?】

 するわけないよ。
 私は今、寮なんだから。

【お節介な陽乃。食事のあと寮まで送ってもらいました。残念ながら交際するつもりはないから。こんなこと木崎さんに失礼だよ。】

【やだ、帰ったの?木崎さんに失礼なのは柚葉の方だよ。演奏会のチケットなかなか入手出来ないし、幾らすると思ってるの。お医者様で尚且つイケメン、しかも婚活中、上手くいけば医師の奥様になれるのに、どこが不満なのか私にはわからないわ。】

 陽乃の長い説教にうんざりし、そのままスルーする。

【柚葉、無視してもムダだからね。明日会社でじっくり話しましょう。】

 やだな。
 陽乃と話をすると、いつも上手く丸め込まれてしまう。

 単純な私は、言葉巧みな陽乃に勝てない。

 部屋に戻り三十分後、隣室のドアがガチャンと音を鳴らした。

 日向が帰宅したんだ。
 思わずテレビのボリュームを下げ、身を潜める。

『雨宮さん帰宅されたんですか?それとも電気のつけ忘れかな?』

 一人言とも思える日向の問い掛けが壁越しに微かに聞こえ、何故かソワソワと落ち着かない。

 バルコニー側の窓が開く音がした。窓の外に視線を向けると、風に乗り白い煙がふわふわと流れている。

 喫煙してるんだ。

 白い煙が輪となり、ドーナツの形をした煙がふわふわと夜空に浮いている。
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