小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
 クロードがお父様をなだめて、「さあ、リンネ様は着替えますから」とみんなを追い立てて出ていく。すぐに紺色のお仕着せ姿の女性が入ってきて、私が少年に投げつけたドレスを着せ直してくれた。

 ここで、ようやく念願の鏡とご対面だ。

 予想していた通り、今の私は日本人の凛音ではなかった。金色の緩やかにウェーブのついた髪。アクアマリンのような薄い青の瞳。ちょっと釣り目だが美人だ。……が、幼い。記憶通り、八歳の少女だ。

 ……ここまで現実離れするとどうでもよくなるな。夢じゃないのかなぁ

 自分の頬をつねればちゃんと痛い。この体は、あきらかにリンネのものだ。けど、記憶の大半は凛音である。ひとつの体にふたつの記憶を共有するのはなかなかに難しい。

 リンネの方の記憶を探ろうとすれば、時々ポロリと飛び出してくる。例えば、リンネとよく似た釣り目の背の高い美人であるお母様と、一緒に刺繍をしたことや、食事をしたことなんかだ。

 けれど、どう頑張っても八年分のリンネの記憶よりも十七年分の凛音の記憶の方が多い。なんだかリンネの体を乗っ取ってしまったような気分になる。

 これはどういうことなのかな。私の記憶が、この子に乗り移っちゃったってこと? もしくは私がこの子の前世とか? 

 そう考えれば納得はいく。というか、この現実に説明をつけようと思うならば、そう考えて納得するしかないだろう。

 私が考え込んでいる間に、着付をしてくれた侍女は、針と糸を取り出した。

「脱ぐときに無理をなさいましたね。しばらくじっとしていてくださいませね」

 くすくす笑いながら、やぶれた部分を繕ってくれる。たった数分で直してしまうのだから、感心してしまう。十分もすると、すっかり身支度は整った。
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