小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
 やがて、馬車の乗り場につく。
 当然、王家の馬車のほうが先に準備されているので、私はレオを見送ることになる。
 いつもなら、すぐに行ってしまう彼が、今日はこっちがドキリとしてしまうような真摯なまなざしで見つめてくる。

「な、なに?」

 思わずドギマギしてしまった。いやいや、落ちつけ私、相手はレオだよ。
 レオも、問われるとは思ってなかったのか、「なんでもない!」とすぐに目をそらす。

 少しばかり気まずい空気の中、侍従が頭を下げ、馬車の扉を閉めようとした。そのとき、ポソリとレオがつぶやいた。

「……俺は、おまえが笑っていればそれでいいんだ」

「え?」

 問い返した声は、馬車の扉の締まる音にかき消された。
 レオはいつものように窓から手を振り、馬車は走り出す。すぐ後についていたうちの馬車が、空いたスペースへと入り込んでくる。

 私は馬車に乗ってから、なんとなく先ほどの彼の手を思い出していた。

 出会ったばかりのレオは、私よりも小さくて華奢だった。綺麗な顔立ちこそ変わらないものの、昔は、いかにも日の光を浴びない典型的なもやしっ子だったのだ。

 外に引きずり出し、一緒に走り回るようになってから、もともと運動神経の悪くなかったレオは、早く走るための足の動きも重心の取り方も、私の見よう見まねですぐに習得していった。それはもう、こっちが悔しいと思うくらいにあっさりと、見る見るうちに成長してしまったのだ。

 今は一緒に走っても手を抜かれているのが分かる。本気で競ったら、きっと負けるのだろうけど、本気で走ってほしいという欲はずっと私の中にある。

 レオは立派な王になれるはずだ。もっといろいろなことができるはずだ。なのに、自分ははこれでいいと、上限を決めて蓋をしてしまう。

 それが、呪いのせいだというならば、解放してあげたい。そしてそれができるのは、ローレンでしかないのだ。

「だから、私はレオと、ふたりを応援しなきゃ。いずれば……婚約破棄もすればいいんだよね」

 ポソリとつぶやくと、やはり寂しさが襲う。
 おかしいな。最初から、どうせいつかは解消すると思っていたのに、なんで私は寂しがっているのか。
 分からない感情をゆっくり考えるのは苦手だ。というか、考えたくなかった。
 答えなんてまだ、……知りたくない。

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