小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
 レオが自分からリンネを手放すようなことをするはずがない。
 彼が出会ってからずっとリンネに夢中なのは、僕が一番近くでずっと見てきた。

 好きでもないランニングにつきあい、リンネに会う時間を確保したいばかりに学園に行きたくないと駄々をこね、揚げ句に学園に戻ることを条件に婚約を了承させた。
 物わかりのいいレオが駄々をこねるのはリンネの前でだけだし、格好つけてるのもまたしかりだ。

 だから僕は、魔法陣完成のその日まで、レオが婚約解消することなどないと思っていた。
 王妃様が何か聞き間違ったのではないかと邪推してしまう。

「本当に、レオが婚約を解消すると言ったのですか」

「わたくしだって何度も聞いたわ。ああもう、嘘であってくれたらどんなにいいか……」

 王妃様がうっと顔にハンカチを当てる。
 それにしても、レオの方から婚約を解消したいというのは信じられない。だとすればリンネの方からか? 

 あの鈍感令嬢は、レオの気持ちどころか自分の気持ちにも気づいていないようだし。

「それに関しては、僕の方からもう一度レオに確認してみます」

「お願いね、クロード。ああ、どうして? やっとレオに幸せが舞い込んできたと思ったのに。リンネさんだって肝の据わったいい子で……。あの子、腕の文字のことだって、いっそ書き足したら格好いいのではなんて言って笑ったのよ。わたくし、あの呪いをそんな風にとらえられるなんて明るい溌溂とした子かしらって……」

 泣きながら語られる言葉に、クロードは驚いた。

「王妃様、いまなんと?」

「だからなんて良い子かしらって」

「いやその前です」

「ああ、リンネさんね。レオの腕の呪文のことをどう思うって聞いたら、そう言ったのよ。書き足して、新しい文様にしたらいい……ですって。ふふ、おもしろいこと」

「それだ!」

 僕は不敬ながら手を打ってしまった。王妃様が驚いたように目を丸くする。

「クロード? どうしたの?」

 僕は恭しく頭を下げる。

「申し訳ありません。ひとつの可能性がひらめいたもので……。もちろん、簡単ではありませんが。うまくすれば……レオを助けられるかもしれません」

 顔を上げると、希望を目に宿した王妃様と目が合う。どちらからともなく、僕たちは頷きあった。

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