小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
「どうして急に……、こんなに」

「わからん。まるで活性化したように……今日は進行が早い」

 レオはとても苦しそうに、息を吐きだした。いつもならば、一度進行したら二,三日はなんの変化もないのだそうだ。

 理由が分からなくても、実際に呪いは進行し続けている。もう、泣きごとを言っている場合じゃなかった。時間がない。

「リンネ、出来るかい?」

「うん」

 クロードと頷きあい、レットラップ子爵から差し出されたインクに針をつける。普通のインクよりも粘質が強いらしく、引き上げたときにもインクは針先にしっかりまとわりついていた。
 私はそれを、レオの胸にそっと刺す。自分が刺されたわけでもないのに、痛いような気がしてしまう。はっと、緊張で止まっていた息を吐きだすと、再び針をインク壺に戻す。後は繰り返しだ。

 レオは痛みに顔をしかめいたけれど、声には出さず、ただ静かに私の手元を見つめていた。
 女嫌いの原因にもなったあの日を、追体験しているようなものだ。怖いだろうし辛いだろう。彼が感じている苦痛は、正直私には想像しきれない。

「レオ、ごめんね。怖いよね」

「大……丈夫だ」

 レオは私を信じてくれる。だったら私も、その信頼にこたえたい。

 息を吸って心を落ち着ける。
 スタートラインに立った時の気持ちを思い出す。軽く目を閉じ、意識的に音を遮断する。想像するのはゴール。たどり着くまでは無心に走るだけ。
 ゴールにはレオがいる。そこまで走って、私の気持ち、レオに言おう。

 目を開けると、レオの紫水晶のような瞳が見える。心が落ち着いていくのを感じた。もう涙は出ない。目の前のやるべきことに集中する。

 私はクロードから見せられた紙の通りに、レオの肌に針を刺す。

「……っ」

「ごめん。痛い?」

「平気だ」

 時折顔をしかめるレオが、苦しくないわけがない。
 それでも彼が信じてくれるから、私は手を止めない。一刺し一刺し、慎重に刺そうとしても手が震える。それでも、動きを止めることなく刺し続けた。
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