小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
 どのくらい刺し続けただろう。時戻りの魔法は三分の二くらい出来上がった状態だ。
 私は一度手を止め、上に向かって息を吐きだす。

「リンネ、大丈夫?」

 クロードが心配そうに問いかける。頷いては見るものの、本当は大丈夫じゃなかった。極度の緊張と不安で、背中に玉のような汗をかいているし、気を抜けば手が震えてくる。こわばった肩は痛いくらいだ。

 思った以上に集中力が必要な作業だ。一気にやるつもりだったのに、体がついて行かなかった。胸にふっと宿る弱気に、囚われそうになる。

「リンネ、もっと力を抜け」

 私の様子を眺めながら、レオがつぶやく。

 そう言われてもね、力を抜いたら震えてしまいそうなんだよ。

「おまえが不器用なことくらい、俺だってクロードだって知ってる」

「不器用でも間違えたらとんでもないことになるんだよ! もう! こんなときにケンカ売ってるの? レオ」

「はは」

 レオが急に笑ったので、私の肩から力が抜けた。

「……なに笑ってるのよ」

 レオだって、額に汗が浮かんでいる。絶対苦しいに決まっているのに、どうしてそんな風に笑うの?

「リンネが柄にもなくいかめしい顔をしているからだ」

「だって……」

「おまえはもともとそそっかしいし、失敗するのも予想の範囲内だ。むしろおまえらしい。気にするな」

 ……なにを言っているんだ。そんな気軽に失敗できるわけないでしょう。つか、絶対失敗したくないの!
 自分の命がかかってるんだって、レオ、本当に分かってる?

「俺は、後悔はないんだ。八年間を思い出せば、楽しい記憶ばかりだった。だから、命を預ける相手がおまえで、俺はよかったと思ってるんだ。ここで終わったとしても悔いはない」

 ほら出た、無欲。冗談じゃない。死んでもいいなんて、八十歳過ぎたおじいちゃんになってから言うことだよ。もっと生きる意欲を見せてよ。
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