小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
* * *

 夢を見ていた。
 私はいつものように城の内周をレオと駆けまわっている。

 走り始めた八歳の頃は苦笑しながらも微笑ましく見守ってくれた兵士たちも、十五歳を過ぎるころから、訝しげなまなざしを向けてくるようになった。私のやっていることは、貴族女性としては相当イケていないらしい。

 止めるように進言してきた紳士もいた。それでも走り続けられたのは、レオが口添えしてくれたからだ。

『リンネは俺の訓練に付き合っているだけだ』

 王子にそう言われて、反論もできなかったのだろう。紳士はすごすごと背中を見せ、レオは私に向かって笑って見せた。

『誰かになにか言われたら、今みたいに言っておけ』

『うん。……ありがと、レオ』

 昔から、レオだけがかばってくれた。彼自身、よく『どうしてそんなに走りたいんだ』と言っていたから、ランニングに理解はなかったのだろうと思うのに。

『それにしても、リンネはどうしてそんなに走るのが好きなんだ』

 その日も同じように聞かれて、私は考えた挙句笑ってごまかした。

 どうしてと言われても、理由なんか分からない。

 凛音は気が付いたら走っていた。元々足が速かったというのもあるけど、走っていると気持ちがよかった。勉強ができない私が、唯一褒められるのがそれだったっていうのもある。
 お父さんもお母さんも、仕事の忙しい人だったけど、大会のときだけは応援に来てくれた。

 私にとっては愛されることはすべて走ることから派生したものだったから、走り続けていれば、幸せに近づいていけるのだと思っていたのだ。

『よくわからないけど、気持ちいいんだよ。……周りの音が聞こえなくなって、自分の心臓の音ばかりが響くようになるの。苦しいんだけど、自由な気持ちになる』

『自由に……か』

 私の隣に、レオがゴロンと横になった。王太子様がやるにはあまりに庶民的な動作で、おかしくなる。部活のときもそうだったな。陸上部は男女混合で、特に意識せず隣に横になったりしてた。この距離感が、私は大好きだった。

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