小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
「王子様がさー、もうほんっとうに可哀想でね。孤独でちょっと病んじゃってるの。本当は優しいのに、みんなに誤解されて」

「ふーん」

「そういえば、凛音と同じ名前の悪役令嬢も出てくるんだよ」

「あーそー」

「……凛音、ちゃんと聞いていないでしょう」

 こっちの様子などそっちのけで話しているかと思えば、適当な返事は分かるらしい。

「バレたか。だって興味ないもん」

「読んでみればいいんだって。貸すよ? ほらこれ」

 琉菜が鞄から取り出した文庫本には、祈りのポーズを取る赤毛の女性と、苦悩の表情を浮かべるアッシュブラウンの髪の男がアニメ調の絵柄で描かれている。気取った感じの字体で『情念のサクリファイス』と書いてある。

 ……うわー、めっちゃ厨二くさい。

 そのまま琉菜に言ったら怒られそうなことを考えながら、私は本の表紙を脳内から追い出し、教科書の内容を思い出す。琉菜に付き合っていては、私まで赤点をとってしまう。

「もー、凛音……」

 琉菜の声が途切れた、と思った瞬間、突進してくるトラックが目に入り、大気をつんざくようなブレーキ音が響く。
 一瞬、なにが起きたのか分からなかった。だけどぶつかったら死ぬと思った瞬間、琉菜の腕を掴み、駆け出した。逃げなきゃ。
 しかし私は中距離選手なのだ。スタートダッシュは得意じゃない。

 その間にもトラックは容赦なく近づき、もうフロントライトしか見えない。

 マジ、間に合わない。……逃げ遅れるとか、県大会優勝の肩書が泣くって。

 最後に考えたのは、命がかかっているとは思えないほどどうしようもないことだった。
 琉菜をかばうように抱きしめたけど、トラックは人間と比べれば巨大だ。逃はねられたあとの記憶はない。

 ああ、赤倉凛音、十七歳。短い人生だったわ……。

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