乳房星(たらちねぼし)・ドラマノベル版

【積木の部屋】

1989年7月2日の朝5時半頃だった。

この時、私はJR荒尾駅の待合室のベンチでゴロ寝していた。

その時であった。

ベンチでゴロ寝している私の元に、巡回中のおまわりさんがやって来た。

おまわりさんは、私の身体をゆすりながら声をかけた。

「もしもし、坊や…坊や…」
「(寝ぼけ声で)はあ?」

寝ぼけ声で答えた私に、おまわりさんはどこから来たのかと訪ねた。

「坊やはどこから来たのかなぁ~」
「どこからって?」
「坊やの家はどこにあるのかなぁ~」
「家?」
「坊やのおかーちゃんとおとーちゃんはいてはるのかなぁ~」
「おかーちゃんとおとーちゃん?」
「この近くに身よりはいるのかなぁ~」

おまわりさんからアレコレとめんどいことを聞かれた私は、ひどくイラついた。

ちょっとおまわりさん…

私にそななこと聞いてどないすんねん…

私は、ショルダーバッグの中から期限切れになった在留証明書を出しておまわりさんに言うた。

「おまわりさん。」
「なんやねんもう~」
「おまわりさん、入管(入国管理局)はどこにありますか?」
「(すっとぼけた声で)はあ?」
「入管はどこにあるねんと聞いとんねん!!」
「(ますますすっとぼけた声で)はあ?」
「せやから、入管はどこにあるねんと聞いとんねん!!」
「ニュウカン?」
「せや!!」

おまわりさんは、ひどくコンワクした声で私に言うた。

「それって、会社帰りのおとーちゃんが駅の売店でかうやつ?」
「それは夕刊ですよ!!」
「(うなりながら言う)ほんなら~あついめん類のあれ…」
「それはにゅうめん!!」

ますますコンワクしているおまわりさんは、私に言うた。

「思い出した~…『おっちゃん、いつものつけて~』」
「それはあつかん!!」
「ああ、ほんなら、お鍋の時に使うなんとかポン…」
「それはミツカン!!」
「ああ~…かゆいかゆい…虫にかまれたねん…あれや~」
「それはキンカン!!」
「ほんなら、和菓子…」
「それはかるかん!!」
「ああ、ほんならあれや~…昔テレビでやってた男女対抗のクイズ番組…」
「それは『霊感ヤマ感第六感』(朝日放送)じゃないの?」
「せやせや~」
「せやせやじゃないでしょーが!!おまわりさん!!まじめに聞いてください!!」
「聞きよるねん~」
「あのね!!在留証明書の資格の有効期限がおとついで切れたねん!!せやから、大急ぎで入管に行かないとどえらいことになるねん!!」
「ザイリュウってなに~」
「せやから、外国人が日本で生活する時にいる証明書ですよ!!有効期限が切れたら不法滞在者になるのですよ!!」
「(しんどい声で)せやけん、坊やはどないしたいねん~」
「どないしたいって、日本の国から出たいねん!!せやから入管へ行きたいねん!!」
「ニュウカンって、会社帰りのおとーちゃんが駅の売店でかう…」
「夕刊!!」
「あついめん類…」
「にゅうめん!!」
「『おっちゃんいつものつけて~』」
「あつかん!!」
「お鍋の時に使うなんとかポン…」
「ミツカン!!」
「かゆいかゆい~」
「キンカン!!」
「和菓子…」
「かるかん!!」
「男女対抗のクイズ番組…」
「『霊感ヤマ感第六感』!!」

おまわりさんと私がああでもないこうでもないとグダグダ言い合いをしている時、端にいた駅員さんが止めに入った。

私は、駅員さんに切迫詰まった声で『入管に電話してください。』とお願いした。

駅員さんは、しんどい声で『あ~分かった分かった。』と言うて、私を鉄道警察へ連れてゆこうとした。

そんな時であった。

トナカイ色のサマーコートを着た晶姐はんがやって来た。

「よーくん、よーくん!!」
「晶姐はん。」

私のもとへやって来た晶姐はんは、私をギュッと抱きしめた。

「よーくん…無事でよかった…晶が来たからもう大丈夫よ…」

晶姐はんは、おまわりさんと駅員さんに『この子は私の知人の息子さんです…』と言うて、身元引受人を申し出た。

その後、晶姐はんは私の手を引いて旅に出た。

(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)

晶姐はんと私は、荒尾駅から特急有明に乗って博多駅へ向かった。

博多駅から新幹線こだまに乗り換えて新下ノ関駅へ向かった。

新下ノ関駅から山陽本線の電車に乗り換えて下ノ関駅へ向かった。

昼2時半頃に、晶姐はんと私は下ノ関駅に到着した。

そして、夜7時45分ごろ…

(ボーッ、ボーッ、ボーッ、ボーッ、ボーッ、ボーッ、ボーッ…)

晶姐はんと私は、下ノ関港国際ターミナルから出航した関釜フェリーに乗って旅に出た。

ゆめいろ市の高校をやめる手続きは、晶姐はんの知人の弁護士さんを通して行われた。

晶姐はんは、私にもうなんの心配もいらないよとやさしく言うた。

私は、もう一度ここから人生をやり直すのだと言い聞かせながら港夜景をながめていた。
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