溺愛は蜜夜に始まる~御曹司と仮初め情欲婚~
今まで確証のない単なる噂だったが、梨乃が侑斗と特別な関係であると認定されてしまった。

「あー、もう……」

周囲に聞こえるようにわざと大きな声で言ったに違いないと、梨乃が目を細めて侑斗を見上げると。

「なるべく早く帰る」

 梨乃の頭を優しくなで、侑斗はにっこり微笑んだ。

「は?」
「だからそんな寂しそうな顔をするな」

侑斗は顔を近づけそうささやくと、社長室直通のエレベーターに乗り込むのかロビーの奥へとさっさと姿を消した。
いつの間にか控えていた侑斗の秘書の男性がそのあとを静かに追うのを呆然と見ながら、梨乃は心の中で「絶対わざとだ」と何度も繰り返した。

心配した通りその日を境に梨乃は従業員たちからいっそう注目され、侑斗の婚約者として見られるようになった。
他部署との打ち合わせに参加すれば会議室に入った途端いっせいに視線を向けられ、化粧室や給湯室で顔を合わせた女性社員の中には梨乃を睨みつける者もいる。
さすが白石家の御曹司だなと、梨乃は侑斗の存在感の凄さと女性人気に感心するばかりだ。

「それにしても、早くひと段落ついてゆっくりしたい」

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