溺愛は蜜夜に始まる～御曹司と仮初め情欲婚～
千紗はあからさまにホッとする梨乃をげんなりとしながら見つめた。

「絶対わざとそこに痕をつけたに決まってる。いい？　大臣秘書なんかに負けちゃだめだよ。それに侑斗さんにごまかされてもダメだからね」
「あ……は、はい」

千紗の口調は激しいが心配しているのがわかり、梨乃はこくりと頷いた。

「そろそろ戻ろうか」

相変わらず侑斗への不満を口にしながら千紗は立ち上がり、トレーを手に返却口へと向かった。
梨乃は侑斗が村野を拒めない事情を話せないのがもどかしく、心の中でごめんなさいと何度も繰り返した。
そう、侑斗のこれまでの努力や根回しが実を結ぶか泡と消えるかは、村野次第なのだ。



その日以降村野と侑斗が顔を合わせる機会は増え侑斗の帰りも遅くなった。
ホテルを訪れる村野の姿がたびたび目撃され、従業員の間で侑斗が結婚するのは梨乃ではなく村野ではないかという噂までが広がり始めた。
侑斗から事情を聞いているとはいっても不安がゼロにはならない。
白石ホテルの今後の事業展開を考えれば村野の機嫌を損ねるわけにもいかず、侑斗が彼女の希望に沿って仕事をすすめるのは仕方がないとわかっていても。

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